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胸に突き刺さる論文

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これはつい先月、アメリカの呼吸器疾患専門のジャーナルに publish された論文です (正確には、論文(article)というよりは、文書(correspondence) として公表されたものになってますが)。福島県立医大病院から投稿された記事です。



自分も含めてですが、サイエンスの仕事に携わる基礎研究者は、マウス相手の実験に一日を費やしたり、ヒトやマウス由来の細胞・タンパク・遺伝子などを取り扱ったりして、基本的には手先を動かす日々を送っています。
そして、競争社会に常に曝されているためサイエンスの最前線で奮闘しようと、世界中から投稿されている最新の文献をチェックして、そのプロジェクトの位置付けをしたり論文作成を進めたりしています。
勿論、そのなかには、エキサイティングな論文や 好奇心を煽るデータが載っていて、論文検索は興味が尽きない作業でもあります。論文検索のような情報チェックは、単純に生命現象のメカニズム解明にヒントをくれるものから、基礎から臨床へのbridgingをいつか果たしたいという意志を掻き立てる内容のものまで様々です。

しかし、ときどき、読んでいて胸を突くような論文を目にすることもあります。

昔から、アレルギーや気管支喘息の研究をしているので、
その周辺のトピックを勉強しながら仕事を進めているのですが、上の写真にもあるように
東日本大震災と喘息の関係性についての記事がon lineで出ていました。
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3月11日の地震直後からステロイドなどの医薬品の供給が一時途絶えた影響も解析結果に反映されていると思いますが、住まいがどこであろうとも、心理的ストレス・精神的ショックによって症状がひどくなる傾向が見られたり、薬による症状のコントロールが 有意に不十分な状態に陥ったことを示す報告内容でした。避難を余儀なくされた人達にその傾向が見られたことも綴られていました。地震の影響で、肺機能をモニターする診断機器を導入できなかった条件下でのデータとのことでしたが、それでもその状況のシビアさが痛いほど伝わってきました。

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一方、東大病院からは、震災後、ステロイドによる喘息コントロールが突然困難になったが、余震の規模と回数、テレビ報道の数が減っていくにつれ症状が寛解していったという症例報告(東京在住の喘息患者さん)がありました。

精神的なストレスがアレルギー症状や気管支喘息を悪化させることは、マウスを使った基礎研究でも証明されているし、心理的ショックがいろいろな病態悪化を招くことは 2001年に起きたセプテンバーイレブンの際のレポートでも明らかになっています。

阪神淡路大震災(1995年1月17日)でも呼吸器疾患の増悪、症状の難治化が見受けられたケースが報告されています。新潟県中越地震(2004年10月23日)に関しては、幸いにも喘息治療薬の供給がストップしなかったため、症状悪化は当初予想された事態を下回ったとの報告はありますが、個人的には、臨床研究に入っていないこれとは違った状況の患者さんも当然いらっしゃって、治療困難なケースの可能性も十分あったのではと考えています。

震災後はこんなふうに医療面でいろいろな影響が出たと思います。インターネット上で症例報告されているのはほんの一部の被災者の方々の病状なので、どこまで一律的なことを言えるかはわかりませんが、少なくとも、環境だけでなく 人の健康も震災後いかに脅かされ続けてきたかを裏付けるレポートだと思います。

研究データとして公開されるまでには、その当時から若干の時差があります。いま日本ではどの程度現場の患者さんの様子がリアルタイムでテレビ配信されているかは把握し切れないですが、データベースを使って探すと、そういった関連論文が沢山出てきて、震災による精神的変化が肺だけでなく循環器・消化器・腎臓・中枢神経などにも幅広く影響していることがわかります。

そして病気を治す治療薬以外にも、精神的なケアが同時進行で必要だということを考えさせられます。

普段、専門用語だらけの職場で実験していて慌ただしいですが、
こういった話を知ると震災当時のことを思い出して一瞬手が止まってしまいます。

被災地の復興は長期間に及ぶと言われていますが、医療現場ではどんなことが起きていたかデータとして知る機会があったので、このことを記事にしてみました。
by ashimayu27 | 2013-01-11 01:42 | 仕事のこと